イノベーションのジレンマ 第4章-4:登れるが、降りられない

鉄くずからコスト競争力のある溶融鉄鋼を生産する「ミニミル(Mini Mill:小型の鋳物工場)」という鉄鋼生産技術は破壊的技術に該当する。ミニミルは1960年代に登場し、市場の最下層に位置する鉄筋分野で実績を築いていった。

ミニミルが掌握する下位市場は、総合鉄鋼メーカーにとって全く魅力がなかった。一方ミニミルを採用した鉄鋼メーカーは「上位市場には増収増益のチャンスが広がっている」と見ていた。

ミニミルの技術が向上し、徐々に上位市場へ進出していくと、総合鉄鋼メーカーは下位市場から手を引いていった。利益率の低い下位市場から手を引き最上位の市場に的を絞ったことで、総合鉄鋼メーカーの業績は回復し、利益の大幅増加にともなって株価は跳ね上がった。

1987年に「薄スラブ連続鋳造」という破壊的技術が登場すると、ミニミルを採用した鉄鋼メーカーだけがその導入に踏み切った。収益性が低く、価格競争が激しく、市販品のような製品をつくる薄スラブ連続鋳造のために設備投資する価値が、総合鉄鋼メーカーには感じられなかったからである。その結果、ミニミルの鉄鋼メーカーは業界の最下層で鍛えられたコスト構造という武器を使って市場シェアを拡大し、製品の品質を上げていった。

総合鉄鋼メーカーは、収益性の高い鉄鋼業界の上位市場を目指して積極的に投資し、合理的な意思決定を行い、主流顧客のニーズに注意深く耳を傾け、収益をあげた。安定的な経営を目指して「ミニミル」や「薄スラブ連続鋳造」といった破壊的技術を採用しなかった結果、イノベーションのジレンマに陥ったのである。

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