イノベーションへの解 第9章-19:良い資金もあれば、悪い資金もある

成長は気長に待つが、利益は気短に急かす

  • どのようなタイプの資金をいくら受け入れるかによって、資金提供者のどのような期待を満足させなければならないかが決まり、この期待が、新事業がどのような種類の市場やチャネルを標的とすることができる、またはできないかに、大きな影響を与える
  • 事業の創生期に最も過した資金は「成長は気長に待つが、利益は気短に急かす」タイプの資金である
  • 無消費に対抗し、破壊的イノベーションを通じて上位市場に移行するためには、新成長事業のための資金が成長を気長に待たねばならない
  • 新事業のための必勝戦略(意図的戦略)が明らかになった後には、成長を気短に急かす資金を用いなければならない
  • 新事業の創発的戦略策定プロセスを加速させるには、利益を気短に急かす資金を用いる必要がある
  • GBF戦略(Get Big First)から得られる先発優位性は、そのネットワーク効果から、成長を気長に待つことが事業の長期的成長性を損なう可能性があることを示唆する

悪い資金のスパイラル

  1. 企業が成功する
    • 必勝戦略が明らかになると、戦略策定プロセスから創発的な影響を排除し、中核事業に投資が集中し、新成長事業を立ち上げることができなくなってしまう
    • ハイエンドの利益率が魅力的であるため、コモディティ化してしまった製品分野で価格弾力性の高いローエンドのビジネスを失い始めても、ほとんど気付かない
  2. 企業は成長ギャップに直面する
    • 投資家が将来の予想成長率を株価に織り込むことから、企業は投資家が現在の株価水準に織り込んでいる予想成長率を上回るペースで成長するしかない(成長ギャップを埋めるしかない)
    • 持続的イノベーションを通して、投資家の予想を越える業務効率の向上を通じて株主価値を生み出しても、株価の軌跡を上方に押し上げることはできるが、その勾配に大きな変化はない
    • 企業が投資家の期待を上回り、並はずれた株主価値を生み出すのは、新たな破壊的事業を生み出すときである
    • 新たな破壊的事業の創造は、長期にわたって株主価値を生み出し続けるための、唯一の方法である
  3. 良い資金は成長を待ちきれなくなる
    • 大きな成長ギャップに直面した企業では、価値基準(資源配分プロセスでプロジェクトを承認するために用いられる判断基準)が変化する
    • 破壊的イノベーションは高い成功確率で企業の成長に大きく寄与するにもかかわらず、「十分に早く大きくなれないから」という理由で、その計画案は却下されてしまう
    • 新市場型破壊は無消費に対抗する必要があり、創発的戦略プロセスに従わねばならないため、破壊的事業では事業が必ず急成長すると予測することはできないため、高い目標を強いると、確立した大市場にイノベーションをやみくもに押し込む戦略、つまり「消費に対抗する」ことを選択せざるを得なくなる
  4. 経営幹部は一時的に損失を容認する
    • 破壊的イノベーションでは、資金の過剰供給は支出レベルを高くするため、新事業の成功にとっては逆効果である
    • その結果、新しい用途を求めて無消費からやって来た「シンプルな製品でも喜んでくれる顧客」が、魅力のない顧客となってしまう
    • この段階で企業資金の特性の変質が完了し、「成長を気短に急かすが、利益は気長に待つ悪い資金」になってしまう
  5. 損失が増大し、縮小を促す
    • 企業の「資源 – プロセス – 価値基準」は、中核事業に合わせて調整されると株価は急騰する
    • この段階で、企業はさらに大きな成長ギャップに直面しており、「非常に速く非常に大きくなる新成長事業を必要とする状況」に逆戻りする

成長投資のジレンマ

  • “企業資金が良い資金なのは、堅調に成長を続けている間だけ” という事象
  • 企業がイノベーターに新事業の急成長を求め、成長に必要なことを行う余裕を失うと、企業資金の性質が変わる
  • 投下資本を無駄にしない唯一の方法は、それが良い資金であるうちに使う、つまり本業がまだ十分健全で、成長を気長に待てるような状況で投資することである

戦略と破壊的イノベーション

  • 信頼性のあるデータは、過去に関するものしか入手できないが、それは将来が過去と類似しているのでない限り、正確な指針にはなり得ない
  • 破壊的な新事業で発見志向計画法を実行する際、どの前提条件が最も重要かを判断するには、起こり得る事象について形式に従った財務分析を行うことが役立つ
  • 成長メーターが「空」になったときに対処するのではなく、プロセスと方針によって、エンジンを常に作動させておく必要がある
  • 「創発的戦略プロセスを加速させるために出費を抑えて早期の利益実現を図る」という方針は、どのような状況にあっても強制すべきではない。新市場型破壊のような有効な戦略を探る必要のある状況では有用だが、ローエンド型破壊ではそうでない
  • ローエンド型破壊では、正しい戦略は極めて明確な形で、極めて早い段階で明らかになることが多い

成長エンジンを作動させておくための方針

  1. 早く始める:本業がまだ堅調なうちに、新成長事業を定期的に立ち上げる
    • 新成長事業を所定の間隔で次々と立ち上げる方針を確立すれば、成長エンジンが失速した後で対処するという失敗を防ぐことができる
    • 経営者は中核事業がまだ堅調に成長している間に、新成長事業を定期的に立ち上げるか、買収しなければならない
    • 成長が鈍化すると、企業の価値基準が変化し、成長する能力が失われてしまう
    • 初期段階にある破壊的企業を買収すれば、収益曲線の勾配を変えることができる
  2. 小さく始める:成長を気長に待てるよう、事業部門を分割する
    • 分散型企業には、破壊的成長の機会を求めるマネージャーが多いことから、破壊的イノベーションを追求できる価値基準を長く保つことができる
    • 統合は大幅なコスト削減をもたらす可能性はあるものの、破壊性を秘めた機会を迫求するために必要な価値基準を損ないかねない
  3. 早期の成功を要求する:新成長事業への財政的援助を最小限に抑える
    • 新成長事業に早く利益を実現するよう求めることの効果
      • 新製品に魅力的な対価を支払う顧客が存在するという仮定をできるだけ早く検証するよう新事業に求めることで、創発的戦略プロセスを加速させる効果がある
      • 新事業ができるだけ早く利益を実現していれば、中核事業が傾いても事業凍結の憂き目から守れる

方針主導型成長の上方スパイラル

図9-1. 十分な成長から不十分な成長への自己強化的スパイラル 図9-1. 十分な成長から不十分な成長への自己強化的スパイラル

  • 新事業の資金が打ち切られるのは、不調な中核事業を回復させることに全資源を集中させる必要が生じるからである
  • 利益を気短に急かすことで、新成長事業に有望な破壊的機会を早く探り出すことを強制し、また組織全体の経営状態が悪化したときの保険になる
  • 上方スパイラルが生じれば、企業は持続的成長の状況に身を置くことができる
  • これが成長エンジンの失速を回避し、不十分な成長から生じるデス・スパイラルを避ける唯一の方法である

成長ギャップの悪循環

  1. 企業が成功する
  2. 企業は成長ギャップに直面する
  3. 「良い資金」は成長を待ちきれなくなる
  4. 経営幹部は一時的に損失を容認する
  5. 損失が増大し、縮小を促す

成長と破壊的イノベーション

  • 成長を気長に待て、だが利益を待ってはいけない
  • 成長する必要がないときに成長を追求する
  • 破壊的イノベーションのための足がかりを見つける鍵は、最初は「小規模ではっきりしない市場分野」、理想的には「無消費を特徴とする市場分野」にある用事と結び付くような事業を行うことである
  • 早期の収益化を求めることは、成功を持続させるための鍵である
  • 潜在成長力を実現するため、初期の持続的イノベーションを模索する間も、常に「用事」と結び付いた状態でいれば、収益性を保つことができる

関連コンテンツ