イノベーションへの解 第9章概要

資金
どのようなタイプの資金をいくら受け入れるかによって、資金提供者のどのような期待を満足させなければならないかが決まる。
そしてこの期待が、新事業がどのような種類の市場やチャネルを標的とすることができる、またはできないかに、大きな影響を与える。

良い資金
事業の創生期に最も過した資金は「成長は気長に待つが、利益は気短に急かす」タイプの資金である。
無消費に対抗し、破壊的イノベーションを通じて上位市場に移行するためには、新成長事業のための資金が成長を気長に待たねばならない。
新事業のための必勝戦略(意図的戦略)が明らかになった後には、成長を気短に急かす資金を用いなければならない。
新事業の創発的戦略策定プロセスを加速させるには、利益を気短に急かす資金を用いる必要がある。

GBF戦略(Get Big First)
強力な市場地位をいち早く確立し、ネットワーク効果を生み出す。
先発優位性は、成長を気長に待つことが事業の長期的成長性を損なう可能性がある。

下方スパイラル
良い資金は、自己強化的な下方スパイラルを通じて、悪い資金に変化する。
 
ステップ1:企業が成功する
必勝戦略が明らかになると、経営幹部は戦略策定プロセスを力ずくで制御して創発的な影響を排除し、その機会を開拓することにすべての投資を意図的に集中させる。
その結果、中核事業が成功している間は新成長事業を立ち上げることができなくなってしまう。

ステップ2:企業は成長ギャップに直面する
成長ギャップ=「市場が予想する成長率」と「株主に平均以上の利益をもたらすために実現しなければならない成長率」との格差。
投資家が将来の予想成長率を株価に織り込むことから、企業は投資家が現在の株価水準に織り込んでいる予想成長率を上回るペースで成長するしかない。
企業が投資家の期待を上回り、並はずれた株主価値を生み出すのは、新たな破壊的事業を生み出すときである。
新たな破壊的事業の創造は、長期にわたって株主価値を生み出し続けるための、唯一の方法である。

ステップ3:良い資金は成長を待ちきれなくなる
大きな成長ギャップに直面した企業では、価値基準(資源配分プロセスでプロジェクトを承認するために用いられる判断基準)が変化する。
破壊的イノベーションは高い成功率で企業の成長に大きく寄与するにもかかわらず、「十分に早く大きくなれないから」という理由で、その計画案は却下されてしまう。
新市場型破壊は無消費に対抗する必要があり、創発的戦略プロセスに従わねばならないため、破壊的事業のマネージャーは、事業が必ず急成長すると予測することはできない。
彼らに高い目標を無理矢理約束させると、確立した大市場にイノベーションをやみくもに押し込む戦略、つまり「消費に対抗する」ことを選択せざるを得なくなる。

ステップ4:経営幹部は一時的に損失を容認する
企業資金の特性の変質が完了し、「成長を気短に急かすが、利益は気長に待つ悪い資金」になってしまう。
新事業における資金の過剰供給は、支出レベルが高くなり、新しい用途を求めて無消費からやって来た「シンプルな製品でも喜んでくれる顧客」が、魅力のない顧客となってしまう。

ステップ5:損失が増大し、縮小を促す
投資家が予測成長率が達成されないことを改めて認識すると、株価は再び大きく下落する。
株価対策のために迎え入れられた新しい経営幹部は、出血を止めようとして、中核事業の好調を維持するために必要な費用以外の支出をすべて凍結する。
企業の「資源 – プロセス – 価値基準」は、中核事業に合わせて調整されると株価は急騰する。
企業はさらに大きな成長ギャップに直面し「非常に速く非常に大きくなる新成長事業を必要とする状況」に逆戻りする。
企業はこのプレッシャーから誤った決定を何度も下し、莫大な企業価値を破壊した末に、他社に買収されてしまう。

成長投資のジレンマ
成長投資のジレンマ:“企業資金が良い資金なのは、堅調に成長を続けている間だけ” という事象
企業がイノベーターに新事業の急成長を求め、成長に必要なことを行う余裕を失うと、企業資金の性質が変わる。
投下資本を無駄にしない唯一の方法は、それが良い資金であるうちに使う、つまり本業がまだ十分健全で、成長を気長に待てるような状況で投資することである。

成長エンジンのポイント
信頼性のあるデータは、過去に関するものしか入手できないが、それは将来が過去と類似しているのでない限り、正確な指針にはなり得ない。
破壊的な新事業で発見志向計画法を実行する際、どの前提条件が最も重要かを判断するには、起こり得る事象について形式に従った財務分析を行うことが役立つ。
成長メーターが「空」になったときに対処するのではなく、プロセスと方針によって、エンジンを常に作動させておく必要がある。

(1)早く始める
本業がまだ堅調なうちに、新成長事業を定期的に立ち上げる。
新成長事業を所定の間隔で次々と立ち上げる方針を確立すれば、成長エンジンが失速した後で対処するという失敗を防ぐことができる。
経営者は中核事業がまだ堅調に成長している間に、新成長事業を定期的に立ち上げるか、買収しなければならない。
初期段階にある破壊的企業を買収すれば、収益曲線の勾配を変えることができる。

(2)小さく始める
成長を気長に待てるよう、事業部門を分割する。
分散型企業は破壊的成長の機会を求めるマネージャーが多いことから、中央集権型企業に比べて破壊的イノベーションを追求できる価値基準を長く保つことができる。
統合は大幅なコスト削減をもたらす可能性はあるものの、破壊性を秘めた機会を迫求するために必要な価値基準を損ないかねない。
 
(3)早期の成功を要求する
新成長事業への財政的援助を最小限に抑える。
「創発的戦略プロセスを加速させるために出費を抑えて早期の利益実現を図る」という方針は、どのような状況にあっても強制すべきではない。
新市場型破壊のような有効な戦略を探る必要のある状況では有用だが、ローエンド型破壊ではそうでない。
ローエンド型破壊では、正しい戦略は極めて明確な形で、極めて早い段階で明らかになることが多い。
用途市場が明らかになり、持続的にかつ利益をあげながらその市場を開拓できるビジネスモデルが出現したなら、成長を気短に急かしながら、できるだけ早急に積極的な投資を行うことが望ましい。

十分な成長から不十分な成長への自己強化的スパイラル
図9-1 十分な成長から不十分な成長への自己強化的スパイラル
新事業において早期の利益が実現しないと、中核事業の業績が低迷したときに、財務状況の改善に大きく寄与しない新成長事業が真っ先に犠牲になる。
利益を気短に急かすことが、企業資金の優れた特性となる。
この特性こそが、新成長事業に破壊的機会を早く探り出すことを強制し、経営状態が悪化したときに事業が打ち切られる危険に対する保険を提供する。
上方スパイラルが生じれば、企業は、持続的成長の状況に身を置くことができる。
企業は「良い資金」を出し続け、それが「悪い資金」になるのを避け、成長エンジンの失速を回避することができる。

成長ギャップの悪循環
ステップ1: 企業が成功する
ステップ2: 企業は成長ギャップに直面する
ステップ3:「良い資金」は成長を待ちきれなくなる
ステップ4: 経営幹部は一時的に損失を容認する
ステップ5: 損失が増大し、縮小を促す

投資と破壊
資金のなさが、創発的戦略策定プロセスを巧みに進める能力を、新規事業に与える。
ファンドが利益ある成長事業を育成できないのは、破壊的イノベーションではなく持続的イノベーションに投資するから、あるいは相互依存が必要なときにモジュール式の解決策に投資するからである。「成長を気短に急かすが、利益は気長に待つ」という投資を行うと、そのほとんどが失敗する。

投資のポイント
成長を気長に待て、だが利益を待ってはいけない
成長する必要がないときに成長を追求する

破壊的イノベーションのための足がかりを見つける鍵
最初は「小規模ではっきりしない市場分野」、理想的には「無消費を特徴とする市場分野」にある用事と結び付くような事業を行う。

成功を持続させるための鍵
早期の収益化を求める。
潜在成長力を実現するため、初期の持続的イノベーションを模索する間も、常に「用事」と結び付いた状態でいれば、収益性を保つことができる。

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